僕は夜明け前にナム・ディンから上陸用舟艇で入った。僕達が海軍基地上陸できなかったのはそこは60ヤーズの範囲を完全に包囲した敵によって切り離されていたから、そこでボウトゥを上げて燃え上っている市場の側に駆け込んだ。僕達は炎の明かりの中で容易な的だったがある理由のために誰一人燃えなかった。全ての物が燃えている露店のドスンと倒れる音とパチパチという音を除いて。川の辺でセニガールの歩哨が彼の構えを変えるのが僕には聞こえた。
僕は攻撃以前の時代のファトゥ・ディエムをよく知っていたー木製露店の一本の長く狭い通りは、水路、教会と橋によって100ヤーズ毎に細かく区切ってあった。夜にはそこは蝋燭や小さいオイル・ラムプによってのみ灯りが点された(フランスの将校の宿舎の中以外ファトゥ・ディエムのそこに電気はなかった。)、昼も夜も通りには人が押し寄せ、騒々しかった。その不思議な中世の遣り方で、君主主教の幻や保護の下、それは国中で最も生き生きとした街だったが、今僕は上陸し、将校の宿舎に向かって歩いて行くと、そこは殆ど廃墟だった。瓦礫と割れたグラスと燃えた塗料と壁土の匂い、長い通りには目が届く限り人気がなかった、それは空襲警報解除の合図後の早朝のランドンの往来を僕に思い出させた。誰もがプラカードゥ「破裂しなかった爆弾」を見ようとした。
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